2008年10月26日 (日)

能力開発から独立への準備

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9月6日
器具賞との打ち合わせ 広告の打ち合わせ 看板屋との打ち合わせ 
記念品 家具などの準備にかかる

9月9日には 経費の計算ばかりで 売上げは未知数 
果たしてやっていけるのかという不安がよぎる 退院して
まだ3ケ月にも満たないのに 計画 実行が順調にきたため 
これでいいのだろうかと ややノイローゼ症状

9月23日
理容椅子 サインポール 鏡が取り付けられ店らしくなってきた

9月29日
勤めの最後の日となり 兄夫婦と 母から送別会をしてもらいました。

10月1日
保健所に開設届け

10月9日
いよいよ明日開店です。
もう心配だと言っておられません。 
神は私の見方です 神は私にアドバイスをしてくれます 私は成功します。

10月10日 体育の日
いよいよ開店 気持ちが引き締まる
家内には速攻でシャンプー マッサージを教えていました。

朝からお客さんに来て頂き 忙しい一日でした。 
仕事が終ってレジを開けた時 自分の店なのだと 感慨に浸りました。

3月下旬から6ケ月半の人生のドラマは これで一幕の終わり

明日からは新たな人生の始まりです。 

人生最大の危機が 人生最大のチャンス この時の半年間は
ピンチをチャンスに変えた 大きな転換期でした。

あれから17年6ケ月が過ぎてしまいました。
テナントに理容店を開店して 家内と二人で頑張ってきたお陰で
 13年3月に瑞浪の地に自宅と店舗を新築して 三女と一緒に頑張っています。

私のドラマなんて チッポケなものでしょう 有名人でもない 
大金持ちでもない そんな私ですが 私にとっては 私が主人公で私なりの
人生ドラマがあります。

平成3年10月10日に開店をして 男性カツラの広告 宣伝に取り組み
 理容の仕事の一環としてやってきましたから テナント料が値上げされ 
毎月13万6千円という高額にもかかわらずにやってくることもできました。
あの頃は時代も良かった バブル期で 客数も多く 土日は予約で一杯でした。

料金も今より安かったのですが それでも今とは比べものにならない
売上げをしていました。 

開店して2年目 3年目で大台の売上げが続き 老後のために個人年金

小規模共済などを掛けてきましたから 65歳を過ぎてそれらを受給するようになり 

お金の面では困るようなことはありません。

17年前に能力開発に取り組んで その中でミクロコスマ つまり30年後の
自分を描いて 一つ一つ目標 計画をメモするカレンダーを作ること 
例えば何年後に自分の店舗 家を建てる 車は何にする
 65歳になったら幾らの預金を貯める 65歳になったら年金で
幾ら受給すればいいか これらの目標設定をしてきました。

17年前に目標としていたのは こんなのをメモしていました。
・ 三女は理容師になる
・ 次女の結婚式を挙げる
・ 私はお金に困らない
・ 借入金はみるみるうちに減っていく
・ 私は思い通りの生活が出来る
・ パソコンを買う
・ これらは必ず達成する 

今になってみれば 目標は全部達成しました。 
パソコンに関しては 10年近く前から購入して 私の年代の者から見れば
はるかに高度な扱いが出来ていると思っています。

能力開発のお陰で 脳の働きも良くなっているのではないでしょうか。

平成13年3月に現在の場所に自宅兼店舗を新築 現在の場所に
普通ならとても土地を購入して自宅兼店舗なんて建てられません。

これも願望 目標の明確化で 陶町にあった自宅が立ち退きという事態になり 
私にとっては第2のチャンス 9年半は自宅から店まで20分の通い 
店舗と自宅が離れていると不便 不都合な事が多くて 店舗と自宅が
一緒というのは願望でした。

それから7年半になります。 三女も理容師になり 結婚して 私の家の隣に
同時に新築 今は孫の顔を毎日見ることが出来て とても幸せな
毎日をおくっています。

幸せなんて お金持ちでなくてもいい 欲しい物が買えて 行きたい所に行け 
食べたいものが食べることができれば あとは困らないだけの貯えさえあれば
 これが本当の豊かな生活であると思います。

65歳になっても仕事は現役 カツラの注文もありますから 
同業者の中では良い方だと思っています。

今の世の中 低賃金 雇用の悪化 安売り競争 景気減退 
理容業界も安床の乱立で 売上げの減少に嘆いておりますが 
私は努力してきたお陰でいい生活をさせていただいております。

車はワゴン車8人乗りで 孫 娘達を乗せて出かけています。
パソコン暦は10年近くなりますが ネットショップの立ち上げ ホームページの
作製 管理 還暦旅行 クジライ会のアルバム作製 
岡の同年であるふーさんとの言葉の珍道中も公開しています。

ネット検索 
気になる髪の情報提供サロンのミカド整髪 
美濃のまーやんと 駿府のふーさんのイケイケ珍道中

パソコンが出来るなんて当たり前の時代で パソコンの
自慢をしてもしょうがないですが 65歳という年齢を考えれば
よくやってきたと思っています。

2008年10月25日 (土)

独立に向けての準備

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7月17日
私の考えの中ではっきりと自分の店のイメージが浮かんできました。 
設計 自己資金 売上目標 経費の計算 借入金 テナントの申込みなど

7月18日
サイコフィードバック装置を購入してから1ケ月近くになります。 
アウトゲニックフィードバックメディテーションのテープを一通り聴きました。

借入金800万円 自己資金300万円 テナント権利金120万円 
器具400万円 設備500万円 やはり描いていたテナントに決めよう

7月21日
親父の49日の法要
これで脱皮だ

7月22日
○○住建に テナント申込みに行く
テナント料1ケ月 12万円

願望実現のプロセス
・ ヴァーチャル思考
・ 願望の実現
・ 願望 目標を設定
・ 目標必達チャート 細分化
・ アルファ波支配
・ 脳波ホルモンのコントロール
・ シネマティックスにより大脳の成功回路を組み込め

7月23日
出来るという思考が行動を支配する時は そこに信念 確信が生まれる

願望とか目標を紙に書く 整理をしていく 必ず成功する成功イメージで 
目標達成までのプログラムを作る

7月29日
○○住建に見積もりを聞きに行く 

8月5日
見積もりを見る

8月7日
敷金 礼金120万円支払う 工事契約を行う

8月8日
シャンプーユニット 椅子 ケース注文

8月13日
親父の初盆
○ ○住建に工事代金 230万円支払う

8月17日
お客さんの話の中で 私が新しく店を出すと言いましたら そのお客さんの
名古屋の知り合いの人が やはり大病をして 無意識のうちにこういう商売を
しなさいという啓示があって それから商売を始めて成功して 
自費出版で本を出したそうです。

私も体験記を本にしたいと思っていました。

8月18日
私は母と家内を連れて 今までの労をねぎらいに 鮎を食べにヤナ場に行きました。

8月23日
母は私に対して おまえは人生でだいぶ損をしてきたな 
自分の人生を犠牲にして 今の兄の店に貢献してきた 
兄の息子が大きくなって いつでも跡継ぎが帰って来るようになって 
お前は出て行かなくてはならない 兄は努力もしないで安定した道がある 
不憫だなと言う・・・・しかし私は決断する事が出来て良かったと言いました。

義姉には私が居た年月は 兄が親父の子でないことで 私に対して跡継ぎを
取られてしまうと思っていた時期がありました。 私の家内に対しての
態度 言動は嫉妬心で煮えくり返っていたと思います。

私が入院をして 決断をして出て行くことはお互いにいいことだと思いました。
但し まったく未知の土地で 新しいお客さん得る事は そんなに易しいことではない

家内も25年前には 理容学校に行っていたのに 親父の思いつきで喫茶店を造り
やり手がないため 中途で学校を辞め 喫茶店をやってきた。 

3年後に弟が帰ってきて喫茶店を追われた 陶器の絵付け工場に9
年間働いていましたが 突然の方向転換 申し訳なく思っています。
よくついてきてくれたと思っています。


*薬剤による脱毛*

2008年10月24日 (金)

能力開発に挑戦

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6月13日
隔離病棟からの開放 久し振りの我が家での睡眠 3ケ月近くの入院での体験は
長く感じられたけど これで終ったと思うのと いよいよ始まりだという気持ちで 
切り替えのできる出来事でもありました。

普通の状態でしたら おそらく能力開発に取り組もうなんて思わなかったでしょう。

強い想いが行動に走らせていきました。

改めて 願望を実現するという本を読んで見て SSI能力活性研究所の
V2システムというものに興味がありましたから 電話をして資料の請求をしました。

家内は仕事に出かけていましたから 相談もしないで行動にうつしてしまいました。 
多分相談をしていれば 反対されることは分かっています。

私のように能力開発 人間の心理 哲学 因果などに深く興味を持つ人は
余りいないのではないでしょうか? 

今から振り返ってみれば 強い想いが システムの購入 テナントでの独立 
瑞浪での新築(店舗兼自宅)など実現できたと思っています。

このシステムは脳波をアルファ波にして 願望をインプットしていくというシステム
 脳波がアルファ波になっているかを確認できる装置です。 

バイオフィードバック装置というのですが 一度体験したいと思っていましたから 体験するなら休んでいる
今のうちにと思い資料を請求しました。

6月15日
資料が届く 資料を見て驚いたのは あまりにも高額で 迷いが生じましたが
 ここで躊躇っていては次の段階にいけないと思い決断しました。

6月17日
一番高額なシステムを注文 車が一台買える金額 病院でお金のロスをして
いるのに 家内に相談すれば反対されるのは分かっておりますから 
内緒で注文しました。

6月21日
システム一式が届きました。 システムの原理は簡単なもの 私は自己催眠が
できますから 100本以上あるカセットテープを聴くときに センサーを
耳たぶと頭に付けて テープを聴いていると段々と アルファ波が出てくる 
出てきた状態が分かるように色と音で知らせてくれる これだけの装置 
これが高いか安いかは 価値の問題で評価は難しいです。

私はこれを毎日続けました。 

7月3日仕事に出かけました。 その日は忙しくて足が痛くなりましたが 
仕事ができたという喜びの方が大きい

私の脳裏には独立という意識が大半を占めるようになる 
資金もない 採算も分からない どのように計画を進めていこうか考えました。

7月11日
システムに取り組んで20日が過ぎました。 私は以前から自立訓練法を
やっていましたから 催眠状態になるのは難しくありません。 

アルファ波というのは 一種の催眠状態に近い脳波だと思います。


 当店は調髪だけでなく、カツラ・育毛・レディースシェービング・
エステなどお客様に幅広く提供している ヘアーサロンです。

  業務用品、化粧品等、他ではなかなか買えない商品も
サイト上で販売しています。

2008年10月23日 (木)

隔離病棟から退院

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6月11日 6時45分に起きる 晴

残り一日 明日は退院です。 明日からは後を振り向かないで前進のみ
親父も亡くなったし もう親父の幻影に縛られることもない 思えばクジライから
引き戻され 今の働いている店を設計したのも 喫茶店を家内にやらせたのも 
みんな親父の意向に沿ってやった しかしどんなに頑張っても
私は跡継ぎにはなれない しかし25年近く自分なり頑張ってきました。

私は独立すると 宣言をする

しかし独立をする前に やっておきたい事がある それは能力開発のシステムを
体験したい 本は知識としては学べるけれど 心の中というよりも脳の中に
インプットさせる バイオフイードバック装置を購入して 潜在意識の中に
自分のやりたい事を植えつける 

私は自分の店舗というイメージを描いてみた どうせやるなら陶では駄目だ 
瑞浪の市街に出ようと思う 瑞浪で土地と住まいと店舗を作ることは 
今の自分ではできない

テナントからの出発をするになる

私は店舗の設計を頭の中に描いた それがイメージの中に国道沿いの
2階が浮かんできてしまう これは何処にあるのだろう

3月の下旬から今日まで 随分と長かったけれど 過ぎてみれば早い

多くの人が見舞いに来てくれました。 みんなに心配をかけました。
全快祝いは今度は慎重に選ばなくてはいけません。
前の時に水羊羹を買い込んで それから腸チフスと言われ処分した苦い経験がある

部屋の中をきれいに整理する 部屋といっても病室ですから簡単でしたけど

明日はいよいよ退院だ

6月12日 5時40分に起きる 晴
待ち望んでいた日がきました。
入院の間に随分といろいろなことがありました。

次女の家出から始まり 高熱のために意識がなくなり 未知の世界での体験 
次女との出会い 病名不明 法定伝染病 隔離病棟 運命の悪戯にしては 
生きていて良かった 病名が分からずに命を落としていたら 
それこそ大問題になっていた・・・

私は臨死体験 四次元の世界 超能力 催眠など興味があったものが そ
れに近い体験で改めて理解をする事ができました。

心の中で想うことが物を創り 生活を作り 物の社会を創造していく 
毎日の思い込み 呟きが 一つの暗示となって 観念となり 
それが強く働く方に豊かにもなれるし 貧しくにもなる 

今の私にとっては独立するという思い込みが大事であって 独立するまでの
詳細を細かく ヴァーチャルしていく ヴァーチャル思考というのは仮想 
あたかも現実のように仮想をしていくと それがやがては本当に
現実のものになるそうです。

先生から退院の許可をいただき 家内に電話をかけました。
私は風呂に入り身体を洗い 退院の時にはもう一つ別の風呂に入って 
病院の外に出ました。

家内が向かいに来て 病棟責任者の渡辺さんに見送られ 隔離病棟を後にしました。

帰りの車の中で 外を眺めながら走っていると 瑞浪の19号バイバスに
テナント募集という看板が目に飛び込んできた アツ これだ 
ここが仮想で設計していた店舗だと思ったのです。 それは2階にあり 一致している

しかしその時は そこに店舗を出すとは思ってもいませんでした。

久し振りの我が家 これで一件落着なんだけど 私にとっては始まりでもあります。

2008年10月22日 (水)

決意

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6月10日 5時45分に起きる 曇りのち雨
この日は これからの目標 テーマなどを書き込みました。

幸福も健康も仕事も全て心の問題だ
仕事に対しては研鑽して いい仕事をする
ゴルフで90をきる
これからはカツラの普及に頑張る
お金は必要な時に 必要なだけあればいい
お金は追いかけるものでなく ついてくるようになれ
人間信用が第一 時間 金銭 約束事
連絡報告は正確に

11時 回診 何も見てくれるわけではありません。 

12日退院は間違いなしと言われ 
退院の準備は済ましてあると言うと 先生は笑っておられました。

私がこの病棟に入院してからこの日までに この病棟だけで50人の看護婦さんと 
一日平均1時間は話をしてきました。県病院に何人の看護婦さんがいるかは
分かりませんが 内科 外科 脳外科 産婦人科 精神病棟 結核病棟とさまざまです。

平均年齢は23歳ぐらい ちょうど娘の年代 退院をしたら身近でこんなに若い女性と話し合うことはないだろう

午後2時 兄が病棟に来ました。 葬式の事 仕事のことで大変だったみたい 
随分と迷惑をかけたなと 済まないという気持ちです。

兄が帰ると 私は物想いを句にする

もの想い 知らず知らずに 振り返り  
      川音は 聞こえてくるが 水見えぬ
            もうすぐだ 言われる前に 出る支度

書くことと 本とテレビが 時回す
      親切は 売ってはならぬ 思いやれ
            思いやる 心無くして 哀れむな

済んだこと 後で言っても なるじゃなし
      苦しみて 人の気持ちが 分かりけり 
           反省と 言ってはみても 変わるかな

堤防を 歩く姿が 羨まし
     外のこと 知らず知らずに 早三月

2008年10月21日 (火)

誕生日

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6月7日 5時に起きる 晴 検便
親父の葬儀も済み あとは自分のこれからのことを真剣に考えていかなくては
なりません。

6月8日
5時に起きる 晴 採血

今日は48歳の誕生日です。 入院中に親父が亡くなり 入院中に誕生日を迎えた
 今回の入院は 苦しい思いもしたけれど 自分を見つめ直す 
いい機会になったと思っております。

この2ケ月半に看護婦さんが60人も代わる代わる接してきました。 
人が違えば考えも違う いい勉強になったと思っています。

退院をした時の心構え

自分以外の人は皆師と思え
他人を責めるな
他人からの批判は肥やしにせよ
他人の意見に感謝の気持ちを持て
学ぶことは知識としてではなく 知恵にせよ そして活かすこと
自分で定年を作るな
毎日感謝の気持ちで過ごせ
天地 宇宙のことは自分の内にあると自覚せよ
新しい自分を目指して 前進せよ

想いは行動となり 行動は習慣を生み 習慣は品性をつくる 品性は運命をかたどる

言葉の力は大きい 自分の運命を左右するのも  良くする 悪くするのも 
自分の責任 人は神の子 自分の内には無限の可能性を含有している 
良い思念 良い言葉 良い態度 人生の再出発だ

6月9日 5時に起きる 晴
退院の日迄 あと4日 昨夜の看護婦さんは 看護の仕事をしていても 考え方がみな違っていると思った

その人は 生まれつき胃腸が弱く治らないと言うのです。 私は自分で弱いとか
悪いと決め付けていては治るものも治らなくなるのではないですか? 
あまりにも胃腸のことを意識しすぎではないか 顔を見れば神経質そうで 
私に食事をどれだけ食べたかを細かく聞くので 今の私の病気に食べた量なんて
あまり関係ないのではないかと言いました。

もっと大らかにになって とにかく笑う 笑顔になること そうすれば胃腸なんて
治ってしまうのではありませんか。
こちらが意見を言ってしまいました。

私はこの病気になって脳の中が変わってしまったかのように集中力が凄いし 
難しいことが難しく思えない 四次元とか 神 宗教などに興味が湧く

今の普通の生活は三次元の世界 三次元というのは線と面と高さで 
全てのものがこの三次は空間の中で存在します。

四次元とは時間と空間のない世界 コンピュータなんかは四次元の世界に
近いのではないせしょうか?

全ての物質の元素は素粒子であり 宇宙空間を駆け巡っているのです。

予知 テレパシー 夢なんかも時間も 空間もない 目が見えなくても見えるのが夢 
占いなんかも予知する働きの強い人は 先が見えるという この働きが強いのが動物 
地震 大雨 洪水 台風など予知する働きを持っています。

臨死状態になった時も 脳の働きは一瞬のうちに過去のことを蘇るようにさせる

人間の身体は魂の仮の宿 本当に魂が休まるのは 精神の純粋さと自然を
受け入れる広い心にあります。

神とは 万物を生む原動力-人体と一体化 宇宙の中心の一点にある 
そのゼロ点に向かって人間が近づき 心眼を開いて心理に到達すれば 
神と一体化することになります。

すなわち一切のものの中心基点であるから 政治 化学 宗教など何であろうと
すべてに通じるのです。

つまり世の中の組織も どんな組織でも 例えれば身体の仕組みも理路整然とした
宇宙の法則の中で成り立っています。

考えていると次から次と考えが浮かんできます。
考え過ぎから少し疲れてきましたので 12時30分に一旦 外の空気を吸いに外に出ました。
鳩が3羽 私に近づいてきた 豆菓子をやると 羽をバタバタさせて手元に来ました。

我一人  鳩と戯れ 忘れさる

午後12時30分に家内が面会に来ました。 昨日の念仏で嫌なことがあったみたいだ
 人間の嫉妬心が 人間関係をおかしくするのです。

2008年10月19日 (日)

父の葬儀

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6月5日 6時30分に起きる 晴 検便
昨日は父との別れができて 久し振りに夢も見ないで熟睡ができました。

11時に家内と 長女 次女 次女の彼氏が面会に来る 昨夜の通夜は大勢の人が来てくれたとか 葬儀は今日が友引だから 6日に行われると言うのです。

今日が友引で良かったと思いました。
こうして面会に来ることができて 次女とは5月13日以来 あの時には声が出なくて 話ができませんでしたので 久し振りの会話ができました。

葬儀は宝昌寺で 11時から行われるそうです。

午後5時 般若心経の意味を学ぶ 全知全能者から見れば 人間は肉体も 感情も概念の意思活動も 知識もその存在は皆空なり つまり実体がないのだ  産まれることも 増えることも 滅びることも 汚れることも もともと実体がないものだから 我を張る必要もないし 死を恐れることもない もともと空の立場においては 物理的現象もなく 表象も知識というものもない 本来なら何にもないけれど こうしてあるということは 全てが自分の力でなく 多くの力によって生かされているということ もともと自分のものなんて何にもないのです。

だから悟りもなく 迷いもなく 悟るがなくなることも 迷いがなくなることもない

老いも死もない 老いとか死がなくなることもない 苦しみも苦しみの原因 苦しみを制することも 苦しみを制する道もない 知ることもなく得ることもない

人間は12の因縁があって それが因果関係で決まる 産まれて死ぬまで 過去 現在 未来の時間 空間の流れのなかに12の因縁のために 人は苦しみ 不幸にもなる 

これらの因縁があるから煩悩があり 煩悩があるからこそ悟りがある シャーリープトラよ 人間なんてもともと無いものだから 我を張るとか 苦しむとか 悩みなどで 迷わなくてもいいだよ 大いなる知識を持って悟りなさい 目覚めなさい 成仏するということは もう一人の自分に目覚めること つまりこういうことを悟りなさいということの教えだとか 

分かったような 分からないような  ようするにもともと無なのだから 雑念に捉われるなということではないのかな?

6月6日 4時40分に起きる   晴 採血
今日の親父の葬儀は天気が良さそうだ 84年間の親父の生涯は 山あり 谷あり大変であったと思います。 

教育も今でいう小学生まで その時の流に合わせて 無から有を生み ミカドという店舗を手に入れた もともと小心者の親父にとっては 物凄く大きなことを成し遂げたと思っていたであろう・・・・

それが人間を変え 思うようにならない自分に負けて 精神を傷つけ 荒れ狂う態度 心の病に落ち 精神病棟での隔離 最後の人生は不憫であった。

午前8時 出棺の時刻 般若心経を3回唱える

8時30分 今頃火葬の時刻 さようなら 成仏してくれ

11時葬儀 会葬には誰が来てくれているのか 
午後2時30分 食事が終る頃だ

陶という街の中だけで住んでいると 自分の考え 視野が狭いと思う

午後5時 家内を除いて家族のみんなが来て葬儀の報告をしてくれました。 大勢の会葬者だったようです。

5時30分に自宅に電話して 家内に礼を言う

午後8時 今夜の看護婦さんは おもしろい なかなかの美人だし 自己紹介をしたのは初めてだ 考えも知識もなかなかのもの 心理学 心経までなんでも知っているのです。

私が話しに乗せられてしまったようだ 楽しい時間が過ごすことができました。

2008年10月18日 (土)

父の死

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6月4日 晴 採血
4時に目が覚める 外はまだ暗いですが 眠ろうと思っても眠れません。
私は灯りをつけて本を読み始めました。 暫らく過ぎると病棟詰所にある電話が鳴り響いた・・・時間は5時頃 

これは親父が亡くなった知らせだと思ったんです。
電話に出ると 看護婦さんがお父さんが3時30分に息を引き取ったと連絡があったとのこと・・・

7時30分に先生に連絡をしていただくと 先生から外出の許可が出ました。 私は洗濯をして風呂に入りました。

8時30分に病棟責任者の渡辺さんが来て 私に外出はできないと言われました。

法定伝染病の患者が隔離されているのに外出をしたら 隔離の意味がないと言うのです。

私はなんで 菌なんていないのに 最後の別れができないなんて なんと無情なこと 退院は10日後 あと10日生きていて欲しかった・・・そう思うと涙があふれ出る

9時から12時の間に 先生と渡辺さんが保健所と掛け合って 話してくださり 条件付で許可が出ました。 条件は病棟専用車に看護婦の付き添いで 1時間だけという条件です。

この配慮にはありがたく思い感謝の気持ちでした。

<a href="http://masamikatou.up.seesaa.net/image/0461.jpg" target="_blank"><img src="http://masamikatou.up.seesaa.net/image/0461-thumbnail2.jpg" alt="0461.jpg" width="150" height="99" border="0" /></a>

親父が何歳になろうとも 私にとってはかけがえのない親父です。 最後の別れは悲しい 私が入院中にこの世を去るなんて 葬儀にも出ることができないなんて・・・ 

午後4時45分 専用車の運転手 看護婦さんの案内で車に乗りました。 久し振りに外の景色を眺めながら 陶まで25分 瑞浪の国道を走っている時 テナント募集という看板が目に入った このときはただの景色の一部でしたが この記憶が後に自分の人生を変えた瞬間でした。

5時10分に親父の家に着きました。 親父の遺体の前に行く 私は手を合わせ 白い布を取りました。 
そこには小さくなった親父の顔があり なんと目を開けているのではありませんか。
目がじっと私を見て 待っていたぞと言っているようでした。 

私は言葉が出ません 私がこんな病気になってしまい申し訳ないと呟くのが精一杯でした。

午後6時約束の1時間になろうとしている みんなによろしくと言って 車に乗りました。 
私は心底良かったと思い 皆さんの心使いにありがたく思いました。

夜7時 通夜が始まり 多くの知人 親戚がお悔やみに来てくれているだろう 家内も私がいないから気苦労をするのではないだろうか。

法という 破れぬ壁の この厚さ
     融通の きかぬ決まりに いらいらと 
           無菌だと 分かっていても 決まりだと

髪の相談

2008年10月16日 (木)

学ぶ機会に

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6月2日 6時に起きる 雨
親父のその後の様態はどんな状態だろうか。 

だいぶ体力も落ちて痩せてしまっているのではないか 

親父は酒が好きだった 何処へ行ってもコップ酒を飲んでいました。 

若い頃は負けず嫌いで 仕事を早くやる事を自慢していた 

親父は字を書くのが上手かったが 私には字に関しての親父のDNAはない

囲碁 麻雀 釣り 親父とよく遊んだ 親父もせっかちだった 60歳を越えてから

おかしくなった 仕事を退いてから 心が荒れて 精神病棟に入院 

その後2回も結核病棟に入院と老後は寂しい人生だった・・・

70歳を越えてからは 無口になって 意欲もなく 自分から話しかけることも

なくなっていた

多分 もう逢えないかもしれない

寂しさを 学ぶ機会と やせ我慢

   何故なんだ 泣くに泣かれぬ この辛さ

10時家内と長女 三女が面会に来ました。 外は雨が降っていたが軒下で話し合う

よく気がついて 優しい娘達に 親として嬉しく思っています。

1時30分知らず知らずのうちに眠ってしまう  2時に看護婦さんに起こされました。

検温 

2時30分に風呂に入って 髪を洗いサッパリとしました。

3時から4時まで本を読む ここにいると時間があるから いろいろな本が読めます。

世間から隔離されていると 世間の雑言を聞かなくていいから気持ちが穏やかになります。 

他人からの忠告 お節介 マイナス言葉 ちょっとした言葉の使いかたで 

人を活かしもするし 人を傷つけることもある できれば人を傷つける言葉は

言わないこと

人はそれぞれ考え方が違うから 自分の物差しで決めつけてはいけない 

お互いの気持ちを理解しあうことが大事だと思います。

6月3日
父と別れの予感を感じながら その日は 意識がない時に ヘルパーさんから 

人を救う役目を担う人だと言われたことをを思いだし 想いに捉われていて 

こんなことを考えていました。

いつもあの人は楽しそう。
何か惹きつけられる。 
あの人と会うといつも気持ちが良い。
お金に余裕がある。
あの人はいつもうまくいく・・・・

不思議ですけどそういう人っていますよね。 
逆に、努力をしているのになぜかうまくいかない。 
嫌なことが次々くる。 
体の調子が悪い。 
金まわりがよくない。
思ったように体が動かない。 

自分の気に入らない人がなぜかまわりにいつもいる。 

あの人みたいになりたいと真似してもどうも違和感があって

自分じゃないし落ち着かない。 

何がここまでの差をつくり出しているのでしょうか? 

これは、努力とはまったく関係のないところに違いがあるのです。

例えばあなたの5倍収入のある方。 
その人はあなたの5倍努力しているでしょうか? 
「そんなことはないけど・・・」知識やスキルがあるわけでもないのにカリスマのように

人を惹きつけ、物事を成功させてしまう方。

「いったいどうしたらああなれるのだろう?」

その違いって? 「世の中には不幸が不幸を呼ぶような人生があり、 

その一方で、幸運を呼び集めてしまうような人生があるのは、

何故なのか」豊かな生活を実現している人は ほぼ全員、意図的にこれを

使っていたんです。

しかも所要する時間は1日15分! たったそれだけで・・・・

それが今なお、世界で圧倒的な支持をうける潜在意識の活用法 

マーフィー博士の【幸せとお金の法則】です。 

想いをメモしていきました。

老いかけて老いかけてもなお夢をみる 老いらくの煩悩  

愛しき人と夢の中で戯れる

この世では許されぬことでも 眠りの中では誰もが許される

 夢無き人は心が寂しい

生きてる証それは愛する心 愛しいという想いに浸る時 

活力の原動力は恋する心の発露

認められ褒められたい、そのために人は生きる 男と女の本質は求める心

 愛を感じるとき人は美しさを増す

男の生きざまそれは自己の表現力  頑張ることは心地よい達成感  

階段は登るもの下がるときは去るとき

充実とはなんなのか 目標に向かって頑張る過程  喜びとは成し遂げたとき  

喜びとは満ち足りた心

晴 れた日に空を見上げると、いろx2な雲を見る・・・

何かを語りかけているように、雲は上から見るのと、

下から見るのでは違って見える・・・

雲の形で地震の シグナルがでていることもアル。

じっと眺めていると吸い込まれてしまうような神秘さを感じる。 

毎日いろx2な思いの中に・・・雲と同じような勝手に浮かんでくる想いというものがある、

現れては消え、消えたと思えば、また浮かんでくる・・・

物思いに浸ろうと意識しなくても、

何かが浮かんでくる。

心の動きと いうか・・・その些細な思いの連続が自分の行動、

人生設計を組み立てていく・・・不思議な世界なのだ

むさぼりの愛はいつか消え去る  認めあう与えあう心

 永久の愛とは求めない心の繋がり

歓楽の恋は恋とは言わない  人間だけの悲しき定め  

まじり合うよりもそこまでの想いの積み重ね

心が無ければただの物体になる  想いの過程が夢になる 

 夢を達成すれば感動は薄らいでゆく

自問自答・・・一人の自分には二人の自分がいる・・・・

前に進む自分と引き止める自分がいる、

綱引きで思いの強いほうに引っ張られる・・・

宇宙も自分の心の 働きも実に神秘な世界だ・・・

体の仕組みだってそうであるし、パソコンの世界なんて、

宇宙から見れば小さきことかも知れないけれど不思議の連続である。

自分の存在なんて微々たる物なんだけど、自分から見れば、主役であり、

切り離せない存在だ・・・

こうして物思いに浸るのも生きている証しであって、

亡くなれ ば全てが消え去り無となる。 

こうして文を書くのも生きている証し、それとも生きていた証しが欲しいためかも

知れない・・・

心の神秘・・・人の心は他人には分らないが、誰でも想いというものの中で時を

刻んでいる。

人それぞれの感性があり・・・自分だけにしか分らない部分があります。

その人を表現するのは言葉であり、文章なのです。 

言葉や文章にしないと相手に伝わらない・・・

表現の仕方一つで癒されもし、人間の心の深層が読み取れるようになる。 

感性が豊かというのは 日頃の想いの積み重ねであって、簡単に創れるものでは
ありません。

2008年10月15日 (水)

面会

Img_1607

5月31日 朝5時15分に起きる 雨 体温35.5度
湯を沸かしてお茶を飲む そのうち又眠ってしまいました。
7時に看護婦さんに起こされる
朝食は全部食べました。 

今日は調子が良さそうだ ノートの整理をする

病棟責任者の渡辺さんと話し合う なかなかの物知りだなと思う

人間世話好きでもお節介になるし 物事を知りすぎると眉唾ものになる 

親切もかけ過ぎると相手に気持ちの負担をかける 私が22歳の時に

モラロジーの会員であった人から 色紙を頂いた

(吾 唯 足るを 知る)これは物事を幾ら知っていても まだx2という謙虚な気持ちで

いないといけないということだそうです。

午後6時 同級生が2名面会に来てくれた この病棟に家族以外では始めての

面会者 ガラス越しの面会は やはり刑務所が浮かんでしまう

午後9時から 当番看護婦さんといろいろな話をした・・・11時30分まで 

珍しいことです。 病院で9時過ぎに話ができたということは 普通では考えられません。

意気投合 なんのを話し合ったかは定かではありません。

多分催眠術や四次元の世界 前の病院での体験などだと思います。

今日で2ケ月 仕事を休んでいる 私のお客さんに迷惑をかけ 兄や義姉にも随分と

迷惑をかけてしまった。

明日からは衣替え ここにいると季節感は感じません。
月日の流れの速さを感じます。

6月1日 4時30分に起きる 曇り

朝早く目覚める 湯を沸かして 髪を拭き ヒゲを剃る 昨夜は看護婦さんと

遅くまで話をしていて疲れが残っています。

外を見ていると 川の向こうの道路を 時間が早いのに 多くの車が走っている 

川の水が見えないのが残念であるがこれも仕方ないことです。

堤防の上を人が歩くと 病棟内が見えるから なんか嫌な思いをします。

熱があるとか 苦しい 痛い 菌がいるという時なら病院に入っていても分かるが

 今の自分はもう病人ではなくなっているから 暇で 一日が長くて・・・ 

9時には外に出てみる 外はクレゾールの臭いがないから気持ちがいい

何回も深呼吸をしました。

午後3時に家内と 長女 三女が面会に来ました。 

私の親父も今年は越せないようです。 

私が退院をする時には これからの人生を真剣に考えないといけないと

改めて思いました。

3人が帰った後 私は物想いに浸り 今の心境を書いてみました。

こんなにも心が静かでいいのだろうか

世間の事や仕事の事など 何も気にならない

只x2 生かされていることに ありがたく思い 感謝の気持ちでいっぱいです。

自分というものは小さなものだ

自分なんかいなくても 毎日が何事もなかったかのように過ぎていく

俺がなんて思っていたことが恥ずかしい我を取り 欲を取り去れば気持ちは楽だと思う

私には明日がある 夢があり 希望が湧いてくる

今まで眠っていたものを呼び起せ

なんのために 今まで努力して 学んできたのか

社会の人が望んでいる事を提供しよう

能力なんて磨けば磨くほど光ってくる

才能なんて誰にでもある 人生においてもうこれでいいなんてことはない

涙を流すのはもうよそう

この2ケ月間よく泣いた 涙が流れて仕方がなかった

苦しかった 悲しかった 心配であった 寂しかった 辛かった

でも もういい全てが解決した。

人生の苦しみが分かった 人の痛みが分かった

これからは自分を主張し過ぎるのはやめよう 人の批判もやめよう

自分を見つめなおす 時間がいただけたことに感謝

午後7時30分から 看護婦さんと長話をしてしまった 毎日変わる看護婦さん

の中でも気が合う 合わない人がいます。

11時に眠る

«隔離病棟での想い

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